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2021/05/02

今日は車で買い物に行った時に、松尾橋を通りました。

 

車内から北の方角にある嵐山方面に向かって撮った写真に愛宕山が写っています。

 

愛宕山は標高924m。

 

愛宕山に並んで京都で有名なのが比叡山。

 

比叡山の標高は848m。

 

この2つの山についてはこんなお話しがあります。



比叡山と愛宕山が、自分の方が高いぞ!とお互いに譲らず、けんかをしました。

 

言い合いもオーバーヒート、比叡山が愛宕山を殴りました。

 

愛宕山には、こぶができて,そのぶん比叡山より高くなったということです。




もし愛宕山と比叡山の高さの差が、殴られてできたこぶの大きさだとすると、76mのこぶ!

 

こんな大きなこぶができるほど殴られて、愛宕山はさぞ痛かったでしょうね。



「こぶ」は中国語で、  

 

〔体の〕瘤子liúzi,肿包zhǒngbāo,肉瘤ròuliú.

転んで頭にこぶができた|摔倒了头上撞了个肿包。Shuāidǎo le tóu shàng zhuàng le gè zhǒng bāo.

こぶが消えた|肿包消了;瘤子化了。Zhǒng bāo xiāo le ; Liúzi huà le.

 

〔物の〕凸起部分tūqǐ bùfen;疙瘩gēda

 

[木の]节子jiēzi,瘤liú.

ラクダのこぶ|驼峰tuófēng.

こぶだらけの木材|满是节子的木材

 

「こぶ」もいろいろです。

 

昆布の意味では

‟海带 hǎidài”です



愛宕山は私にとって子供の頃から親しみのある山です。

 

小学生の頃に、中腹に有ったアスレチックで、ロープにつかまって滑り下りて怖いながらも面白かったことや、

 

中学校の時に学校行事で頂上まで登った時は、喉が渇くだろうと赤い水筒にいっぱいお茶を入れて行き、斜め掛けにして登ったものの水筒が重くて、あーしんどいもうイヤと思った思い出や、

 

大学の時にもまたもや学校の行事で愛宕山登山があり、当時は私は剣道部に入っていて、部員はどうしても50位以内に入らなければ「かかり稽古」エンドレスだ!(かかり稽古とは絶え間なく次から次へと打ち込んでいく一番しんどい稽古)と言うノルマがあって、

 

もう必死の想いで、途中歩みを止めることなく登り続け、結果12位だったことが思い出されます。

 

今は昔。

 

愛宕登山、今はとっても体力が持ちません。

 

登るときっと体のどこかに影響が出るにちがいないので、今は遠くから眺めておくだけにしたほうがよさそうです。



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2021/05/01

もう、まちがえない!実践チュウゴクゴ(27)

 

中国語の表現でまちがいやすいところの解説をします。

 

文中どこがおかしいのか、先ず考えてみてください。

 

正解したあなた・・・・・・・大したものです〜〜〜!

 

分からなかったあなた・・・・・・・これをきっかけに覚えて下さいね。



なかなか改められない習慣ってありますよね。

 

夕食の後、何かデザートやお菓子を食べないと気が済みません。



もうお腹いっぱいのはずなのにいわゆる別腹です。

 

食べないとなんだか落ち着かない。

 

もう習慣になっています。

 

そんな時に言いそうな一言、

 

今日の文章

为什么我把这个习惯改不了!

 

どこが間違っているでしょう?

 

========================

 

この文章では、‟把”が使われていますが、

 

‟把”構文は、「どういうふうにしようとするのか、なにか処置を加えようとする」という「処置の意図」が加わります。

 

ですが、‟改不了” の”不了”は「可能補語」で、動詞の動作や行為が可能か不可能かを表すので、

 

かたや処置、かたや可能では、表わそうとすることが全く異なり、矛盾してしまい、おかしい文になってしまいます。

 

なので、‟把”構文で、「可能補語」は使えないのですね。

 

正しくは‟把”を使わず、目的語の这个习惯を後に持ってきて

 

为什么我改不了这个习惯?

 

Wèishénme wǒ gǎi bù liǎo zhège xíguàn

 

訳:どうしてわたしはこの習慣を改められないのだろう。



このように、‟把”はただの「〜〜を」ではありませんので、気をつけましょう。

 

食後のデザートとお菓子も食べ過ぎなければいいわと、今日も1日がんばったのでご褒美だぁーとかこつけて、やっぱりこの習慣は改められないのでした。




 

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2021/04/30

京都の二条城の周りをジョギングやウォーキングしている人をよく見かけます。

 

この二条城の一周ぐるりは2km弱だそうで、自分の走ったり歩いたりしたい距離の目安が分かりやすいです。

 

ちょっと散歩なら1周

 

マラソンの練習なら21周!うわ〜目がまわる!




ここでもう、まちがえない!実践チュウゴクゴ(26)

 

中国語の表現でまちがいやすいところの解説をします。

 

文中どこがおかしいのか、先ず考えてみてください。

 

正解したあなた・・・・・・・やりますね〜〜〜!

 

分からなかったあなた・・・・・・・これをきっかけに覚えて下さいね。

 

今日の文章

你在二条城的护城河游泳过吗?




どこが間違っているでしょう?

 

========================

 

この‟游泳”は、離合詞です。

 

離合詞は、動詞そのものがV+Oの形になっていて

 

みたところ、まるで1語のようです。

 

でも実は1文字目と2文字目の関係は、

 

「動詞+目的語」の関係で、

 

場合によってはその間に他の成分が入ったりします。

 

離合詞はたくさんあります。

 

结婚

 

散步

 

 握手など


本当にみたところ、まるで1語

 

でも構造的には「動詞+目的語」の関係で、

 

结婚→(结+婚)

 

散步→(散+步)

 

握手→(握+手)という形です。



この離合詞の特徴の一つとして、

 

助詞「过」は、離合詞である「動詞」と「目的語」の間に置くということがあります。

 

なぜなら、「过」は動詞の後について、「〜をすませる」や「〜したことがある」という意味をあらわして、

目的語となる語のあとにはつけられないからです。


ですから、

〇结过婚

×结婚过

 

〇散过步

×散步过

 

〇握过手

×握手过




なので今日の文章は

 

正しくは


你在二条城的护城河吗?

Nǐ zài èr tiáo chéng de Hùchéng Hé yóu guo yǒng ma

と“游泳”の間に”过”がサンドイッチされます。

 

訳文:

 

あなたは二条城のお堀で泳いだことがありますか?

 

「そら、ないやろ」って?

 

でもトライアスロンの試合が大阪城で開催された時、お堀で泳いでましたね。


言葉は人をつなぎます。

言葉ができると視野が広がります。


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2021/04/29

西本願寺のツツジが満開


京都、七条堀川の交差点を堀川通沿いに少し上がる(北にいく)と、西本願寺のツツジがピンク色のグラデーションになって、見頃のようです。

 

これは先日会社帰りの主人が撮影した写真です。

 

私は今日も一歩も外に出ず。

 

ツツジの思い出と言えば・・・・・・


子供のころ、公園でツツジの花を取って、蜜を吸った覚えがあります。

 

うわ〜と顔がほころぶ甘い「アタリ」のもあれば、「ハズレ」のちっとも甘くないのもあって、次から次へと花をむしって吸ってその場に捨てるので、

 

現場はツツジの花の残がいだらけ。

 

「草花を大切にしましょう」という標語も、全く目に入りません。

 

甘い蜜を吸うために、花むしりはエンドレス。。。



今ならめっちゃ怒られる!

 

それに今は、「黄砂」や「PM2.5」やら「排気ガス」やらで、蜜より毒が多いかも。

 

ツツジは中国語で、‟杜鹃dùjuān”

 

“杜鹃”には「カッコー」と「ホトトギス」の意味もあるのですよ。

 

ホトトギス属のカッコーは“大杜鹃”

 

ホトトギスは“小杜鹃”というそうです。

 

カッコーとホトトギスが「大小」の差とは!

 

さらに「ツツジ」も同じ‟杜鹃dùjuān”とは!

 

では、もしも、ツツジの枝にカッコーとホトトギスがとまって、蜜を吸っていたら、

 

うわ〜〜、‟杜鹃dùjuān”だらけ。




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2021/04/28

緊急事態宣言発令中で、自粛かなと、外出を控えて、ちょっとストレス感じていらっしゃる方も多いと思います。 

 

でもまあこうして無事でいられることに「感謝」です。

 

 今日は、その「感謝」と、同じ「感」がつく、「感激」の違いを紹介します。





感谢[gǎnxiè]と感激[gǎnjī] 

 

同じところ: 両方動詞です。

 

いいことをされたり、気にかけてもらったり、助けてもらったりして、相手に好感や好意を伝える時に使いますね。 



ひとつづつ見ていくと、

 

 まず、感谢[gǎnxiè] は「感謝する」と言う意味で、

 

例文:

 

表示衷心zhōngxīn的感谢 /心から感謝の意を表します

 

感谢不尽bùjìn /感謝にたえない 

 

非常感谢你的帮助 /あなたの援助に心から感謝いたします 




次に感激[gǎnjī] (人の好意に)心を強く動かされる,感謝するという意味

 

例文:

 

 我非常感激他 /私はあの人に心から感謝している.

 

 感激涕tì零 /感謝するあまり涙を流す.




感激と:感谢を比較しますと

 

 ①“感激” は他人の好意に強く心を打たれ,気持ちが高ぶることに重点があります。

 

 “感谢” は他人からの援助や贈り物に対してお礼の気持ちを表すことに重点があります。



 ②“感激” は“感谢” よりも強さ・重みがありますね。 

 

 

また感激[gǎnjī]は日本語の「感激(カンゲキ)」とは異なりまして、必ず人の好意や援助について言いますよ。 

 

ここポイントです。 

 

例えば、 

 

昔あった、カレーのコマシャールで、「ひでき、かんげき」というのがありました。

 

だいぶ古い?

 

 この場合カレーがおいしくて、ひできは感激(かんげき)したので、人の好意や援助についてではありませんよね。

 

なので、中国語の感激[gǎnjī]は使いませんね。 

 

日本語と同じ漢字だから、中国語でも意味が全く同じとは限らないので、少し気を付けていただければと思います。



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