京都で中国語を学びたい方へ。中国語初心者から上級者まで、目的に合わせて丁寧に指導します。通訳・翻訳の実務経験を持つ講師が、発音・文法・会話からHSK・中国語検定対策までサポート。京都の名所旧跡を題材に、生きた中国語を楽しく学べます。
 

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2022/03/30

京都 神泉苑の桜

あちらこちらで桜が見頃です。

 

昨日3月29日、神泉苑は八分咲きといったところでしょうか。





神泉苑には「善女龍王」が祀られています。

 

平安時代初期のことです。長引く干ばつで、全然雨が降りませんでした。

 

そこで、時の帝、淳和天皇に雨乞いを命じられた弘法大師空海は、

 

ズルをしたライバルの守敏に勝って、みごと雨を降らせたのでした。

824年、弘法大師空海がここで雨乞いをしました。

 

その時空海は北の天竺無熱池から雨を降らせてくれる「善女龍王」を招き、庭の池に移り住んで頂いたと言われています。

 

空海は「龍王がよその世界に行ってしまうと、池が浅くなり、国運が衰退してしまう。 

 

その時、私の弟子たちが、龍王にお祈りし、龍王を引き留めて、国運が良くなるようにしてください」と言いました。

 

なので神泉苑は格が高いのです。



中国語では↓↓

 

据说天长元年(824)弘法大师空海乞雨时,请得北天竺无热池的善女龙王现身,并移住在苑内的水池中。

空海曾言:“若龙王移住他界,则池水变浅,国运将衰。其时我门徒加以祈请,挽留龙王,可助国运。

”故此神泉苑的地位颇高。

 

 

「善女龍王」は、1200年間、池の中から桜を見ているのでしょうね。


2022/03/29

【桜餅】作りました

京都のさくらも所により満開です。

 

花より団子といいますが、やはり「美味しいもの」は欠かせません。

 

ということで、「桜餅」を作ってみました。






今回は、中の「あん」も小豆から圧力なべで炊きました。




砂糖は本などで紹介されている分量の半分以下でかなり控えめ。




もち米は炊飯器で炊きました。

 

食紅で色づけ。

 

濃い過ぎず、うまく「さくら色」になりました。

 

包んで丸めて形を整えます。

 

断面はどうなっているか切ってみると、まあまあ「あん」が真ん中になっていました。




味もあっさりした甘さで、大成功(自画自賛)



「自画自賛する」という意味の中国語に、

 

‟老王卖瓜,自卖自夸 Lǎowáng mài guā,zì mài zì kuā”というのがあります。

 

意味は「王さんが瓜を売る.自分で売りながら甘い瓜だと自分でほめる」

 

瓜と夸の「uā」で韻が踏んであるのですね~~

 

私の場合・・・・・・

 

‟由良做饼,自做自夸”

 

「由良さんが餅を作る.自分で作っておいしい餅だと自分でほめる」

 

あれ~、韻が踏んでない!

 

この点はザンネンでした。



2022/03/28

桜咲く六角堂

先日金曜日、授業が終わった後に皆さんと一緒に桜が咲く六角堂に行きました。

 

まだ満開には数日ありそうですが、花の咲いている一角は更に明るいように感じました。

 

桜は目も心も楽しませてくれますね。

 

そして、ここで中国語ミニツアーレッスンを行いました。

 

混同しやすいイディオムを、目の前に有る物を使った文章で練習しました。




お堂の前にこのような旗が何本も立っています。

 

旗に描かれているのは聖徳太子。

 

この六角堂は聖徳太子によって建てられました。

 

そのいきさつは・・・

 

聖徳太子は四天王寺を建てるため、木材を探しにこの地にやってきました。

 

そしてちょっと池で身を清めようとして、ずっと持ち歩いていた小さな仏像を木に掛けました。

 

するとその仏像が、この地にとどまって人々を救いたいと太子に告げて動かなくなりました。

 

そこで聖徳太子は六角形の御堂を建てて仏像を安置したと言われています。



六角堂のすぐそばに池坊

六角堂の北側には聖徳太子が沐浴したとされる池の跡があります。

 

この池のそばには僧の住い(住坊)があったため、そこに住んでいた住職を次第に「池坊」と呼ぶようになりました。

 

聖徳太子に仕えた小野妹子が出家した後ここに住んだということです。

 

中国語では↓↓

 

六角堂的北边,保留着一处据传是圣德太子曾沐浴过的水池遗迹,

 

而在这个水池旁曾有僧侣的住处(住坊),于是居住于此的住持逐渐被称为“池坊”。

 

曾侍奉于圣德太子的小野妹子出家后据说就居住于此。


住職の「池坊」は、仏前に花を供え、それにさまざまな工夫を加えて「いけばな」に発展しました。

 

六角堂にはこの他にも歴史的文化的に見どころが満載で、それがぎゅっと凝縮された所です。

 

『京都を巡る中国語ツアーレッスン』に「六角堂編」も作りたいと思います。

 

乞うご期待。。


2022/03/27

「さくらの日」

京都地方気象台は先日3月24日、 京都でさくらが開花したと発表しました。

 

例年に比べて2日早く、去年に比べて8日遅い開花だそうです。

 

そして今日3月27日は「さくらの日」

 

日本さくらの会が制定した記念日で、

 

3×9(さくら)=27の語呂合せから、3月27日が「さくらの日」となったとか。

 

季節を表す七十二候で言えば、ちょうど昨日から『桜始開(さくらはじめてひらく)』(桜の花が咲き始めるという意味)に当たります。



さくらは咲いてから散るまで、わずか7日間。そのため、「花七日」とも呼ばれます。

 

中国語では↓↓

 

樱花自开花至花残只有七天,因而也有称作‟樱花七日”的说法。

 

「花七日」(はななぬか)、盛りの短くはかないことのたとえですね。

 

京都にはさくらのきれいなところがいっぱい。

 

散らないうちに春を感じにお出かけを。

 

どうぞコロナ感染対策は十分に!



2022/03/26

帷子ノ辻の由来

 

京都にはなかなか読めない地名がありますが、「帷子ノ辻」もそのひとつです。

 

読みかたは、「かたびらのつじ」




京福電鉄(通称・嵐電)の駅に「帷子ノ辻」という駅があります。

 

この近くに大映の京都撮影所や、現在も「大映通商店街」があり、

 

この大映通と三条通が交わる辺りに、この「帷子ノ辻」駅があります。

 

「帷子」とは、夏の着物の一種ですが、地名の由来についてどんな物語があるのでしょうか・・・


 

平安時代初期、嵯峨天皇の皇后であった橘嘉智子(たちばなの かちこ)は、仏教の信仰が厚く、多くの功績がありました。

 

この皇后、伝説によると、絶世の美女!

 

修行中の若い僧侶たちでさえ心を動かされるほど。

 

こうした状況に皇后は、一体どうすれば、仏教の教えである『諸行無常』の真理、「この世は無常であり、すべてのものは移り変わって、永遠なるものは一つも無い」ということを、人々に告げられるかずっと考えていました。

 

それならば自らの身をもってそれを告げようと、

 

自分が死んだあと、亡骸は埋葬せず、どこかの辻に打ち棄てて下さいと遺言しました。

 

そして皇后の送葬の時、棺を覆った帷子(絹または麻糸で織った夏の着物の一種)が、この辻のあたりで風によって飛ばされ舞い落ち、皇后の遺体はこの辻に遺棄されました。

 

遺体は日に日に腐り、かつての絶世の美女も醜く無残な姿で横たわり、白骨となって朽ち果てました。

 

人々はその様子を見て世の無常を心に刻み、僧たちも妄念を捨てて修行に打ち込んだといいます。

 

皇后の遺体が置かれた場所が、すなわち「帷子辻」と呼ばれた場所だということです。

 

 

中国語で要約すると↓↓

 

平安时代,一个信奉佛教的美貌皇后,为了唤醒世人,宣扬“世事无常”的佛法,留下遗言说,自己死后不要埋葬,而要抛弃在十字路口,就这样被野兽和乌鸦啃噬。皇后尸骨被放置的地方,后来被称作——帷子辻。