エイプリルフール‟愚人节”
月日が過ぎるのは本当に早いですね。
あっという間にもう4月。
今日は4月1日です。
4月1日はエイプリルフール。
中国語では‟愚人节”と言います。

これは16世紀にフランスで始まったという説があります。
1582年、ローマ教皇グレゴリウス13世は、
それまで4月1日が新年の始まりだったのを、元旦の1月1日を1年の始まりとする「グレゴリオ暦」を採用することにしました。
「グレゴリオ暦」とは、今日、世界における標準的な暦法で、日本では明治六年(1873年)から実施されています。
しかし、フランスの一部の人々はこれに反対し、その後も、旧暦に従って4月1日に新年を祝いました。
そんな反対派を見て賛成派は、4月1日に反対派に贈り物をすると見せかけたり、偽のパーティーに招待したりして嘘をついてからかったのです。
騙された反対派は「四月馬鹿」とか「釣られた魚」と呼ばれました。
それ以来、4月1日に人々は互いに騙し合うようになり、フランスの風物詩として定着したのです。
18世紀初頭、エイプリルフールの風習はイギリスに伝わり、その後、初期のイギリス人入植者によって、アメリカにも伝わったと言われています。
そしてこんな説も・・・・・
エイプリルフールでは、冗談が許されるのは昼の12時まで。
これは習わしとして次第に定まって一般化した厳密なルールです。
昼過ぎにまだ冗談を言ってる人は、笑われている人よりよっぽど大馬鹿ですよ。
中国語ではどういうでしょうか↓↓
愚人节这天玩笑只能开到中午12点之前,这是约定俗成的严格规矩。
过了中午还找乐子的人是一个比被他取笑的人还大的傻瓜。
時間の制限があるのは、イギリス発祥だそうです。
人を傷つけたりしない罪のない、ユーモアのある面白い嘘で、みんなが楽しくなればいいですね。
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京都「桜満開」
京都でも昨日、気象台が桜が満開になったと発表しました。

美しい桜の花の間を、小鳥がしきりに行き来し、しょっちゅう花の蕊(しべ)をつついています。
この文の中国語は↓↓
美丽的樱花间,小鸟不停地穿梭在花间,时不时啄着花心。
Měilì de yīnghuā jiān,xiǎoniǎo bùtíng de chuānsuō zài huā jiān,shíbùshí zhuó zhe huāxīn.


ここは「堀川第一橋」という所です。
京都市指定有形文化財に指定されています。
この橋は江戸幕府が御所と二条城を結ぶ橋として架け、
当時は木の橋で「中立売橋」と呼ばれていました。
後水尾天皇が二条城へ向かうためこの橋を渡ったそうです。

その木製の「中立売橋」がどうして「堀川第一橋」という名になったのでしょうか?
それは、明治になって京都市内の木橋を、いわゆる「永久橋」と言われるコンクリート橋など、ある程度の長期間にわたって架け替えが必要ない橋に架け替えたもののうち、
堀川で最初の橋だったことから「堀川第一橋」と名付けられたそうです。
またこの橋は世界的にも数少ない「真円・全円型アーチ橋」としても知られています。
何気なく普段通り過ぎるところも、きれいな桜が咲いているなあと足を止め、その歴史に思いを馳せるのは面白いですね。
京都 神泉苑の桜
あちらこちらで桜が見頃です。
昨日3月29日、神泉苑は八分咲きといったところでしょうか。




神泉苑には「善女龍王」が祀られています。
平安時代初期のことです。長引く干ばつで、全然雨が降りませんでした。
そこで、時の帝、淳和天皇に雨乞いを命じられた弘法大師空海は、
ズルをしたライバルの守敏に勝って、みごと雨を降らせたのでした。
824年、弘法大師空海がここで雨乞いをしました。
その時空海は北の天竺無熱池から雨を降らせてくれる「善女龍王」を招き、庭の池に移り住んで頂いたと言われています。
空海は「龍王がよその世界に行ってしまうと、池が浅くなり、国運が衰退してしまう。
その時、私の弟子たちが、龍王にお祈りし、龍王を引き留めて、国運が良くなるようにしてください」と言いました。
なので神泉苑は格が高いのです。
中国語では↓↓
据说天长元年(824)弘法大师空海乞雨时,请得北天竺无热池的善女龙王现身,并移住在苑内的水池中。
空海曾言:“若龙王移住他界,则池水变浅,国运将衰。其时我门徒加以祈请,挽留龙王,可助国运。
”故此神泉苑的地位颇高。
「善女龍王」は、1200年間、池の中から桜を見ているのでしょうね。
【桜餅】作りました
京都のさくらも所により満開です。
花より団子といいますが、やはり「美味しいもの」は欠かせません。
ということで、「桜餅」を作ってみました。


今回は、中の「あん」も小豆から圧力なべで炊きました。

砂糖は本などで紹介されている分量の半分以下でかなり控えめ。

もち米は炊飯器で炊きました。
食紅で色づけ。
濃い過ぎず、うまく「さくら色」になりました。
包んで丸めて形を整えます。
断面はどうなっているか切ってみると、まあまあ「あん」が真ん中になっていました。

味もあっさりした甘さで、大成功(自画自賛)
「自画自賛する」という意味の中国語に、
‟老王卖瓜,自卖自夸 Lǎowáng mài guā,zì mài zì kuā”というのがあります。
意味は「王さんが瓜を売る.自分で売りながら甘い瓜だと自分でほめる」
瓜と夸の「uā」で韻が踏んであるのですね~~
私の場合・・・・・・
‟由良做饼,自做自夸”
「由良さんが餅を作る.自分で作っておいしい餅だと自分でほめる」
あれ~、韻が踏んでない!
この点はザンネンでした。
桜咲く六角堂
先日金曜日、授業が終わった後に皆さんと一緒に桜が咲く六角堂に行きました。
まだ満開には数日ありそうですが、花の咲いている一角は更に明るいように感じました。
桜は目も心も楽しませてくれますね。
そして、ここで中国語ミニツアーレッスンを行いました。
混同しやすいイディオムを、目の前に有る物を使った文章で練習しました。

お堂の前にこのような旗が何本も立っています。
旗に描かれているのは聖徳太子。
この六角堂は聖徳太子によって建てられました。
そのいきさつは・・・
聖徳太子は四天王寺を建てるため、木材を探しにこの地にやってきました。
そしてちょっと池で身を清めようとして、ずっと持ち歩いていた小さな仏像を木に掛けました。
するとその仏像が、この地にとどまって人々を救いたいと太子に告げて動かなくなりました。
そこで聖徳太子は六角形の御堂を建てて仏像を安置したと言われています。
六角堂のすぐそばに池坊
六角堂の北側には聖徳太子が沐浴したとされる池の跡があります。
この池のそばには僧の住い(住坊)があったため、そこに住んでいた住職を次第に「池坊」と呼ぶようになりました。
聖徳太子に仕えた小野妹子が出家した後ここに住んだということです。
中国語では↓↓
六角堂的北边,保留着一处据传是圣德太子曾沐浴过的水池遗迹,
而在这个水池旁曾有僧侣的住处(住坊),于是居住于此的住持逐渐被称为“池坊”。
曾侍奉于圣德太子的小野妹子出家后据说就居住于此。
住職の「池坊」は、仏前に花を供え、それにさまざまな工夫を加えて「いけばな」に発展しました。
六角堂にはこの他にも歴史的文化的に見どころが満載で、それがぎゅっと凝縮された所です。
『京都を巡る中国語ツアーレッスン』に「六角堂編」も作りたいと思います。
乞うご期待。。