近所のお家の軒下に、ツバメが巣を作っています。
ツバメは中国語で‟燕子yànzi”
ツバメが家に飛んで来たのは何の前ぶれ?
燕子飞到家里预示什么?
Yànzi fēi dào jiālǐ yùshì shénme.

燕子飞到家里面,这是一种好兆头,是一种吉祥的象征,证明这个家中有福兆,能够寓意家庭美满幸福,家庭成员能更加的和睦。
还可以表示家庭中平安顺利,以后的生活能越来越好,事情能顺利解决。(出典:百度)
Yànzi fēi dàojiā lǐmiàn,zhè shì yì zhǒng hǎo zhàotóu,shì yì zhǒng jíxiáng de xiàngzhēng,zhèngmíng zhège jiāzhōng yǒu fú zhào,nénggòu yùyì jiātíng měimǎn xìngfú,jiātíng chéngyuán néng gèngjiā de hémù。
Hái kěyǐ biǎoshì jiātíng zhōng píng'ān shùnlì,yǐhòu de shēnghuó néng yuèláiyuè hǎo,shìqíng néng shùnlì jiějué.
訳文:
ツバメが家の中に飛んで来たのは、良い兆候で、吉祥の象徴であり、この家に福の兆しがある証しです。家庭円満で幸せ、家族がもっと仲良くなれることを意味し、また家庭が平穏無事で、これからの暮らしがますますよくなって、物事がうまく解決するということを表しています。
解説:
兆头[zhàotou] とは、前兆.兆し.前触れ
例文:春天的兆头→春の兆し
寓意[yùyì] とは、寓意.他の事物に託してほのめかす意味
例文:理解作者的寓意→作者の言おうとするところを汲む・酌む
越来越……[yuè lái yuè……] とは、ますます…になる.だんだん…になる
程度が時間の推移とともに高まることを表しますね。
例文:想去旅行的欲望越来越强。→旅に出たいという欲求が強まる
ツバメが来るのは良い兆し、私の家には来ていませんが、きっと家が小さすぎて、入ってこれないから。
また、この時期に咲く、「カキツバタ」は、中国語で
燕子花[yànzihuā] というのも、おもしろいですね。

楽しく学べる良知学舎 オンラインレッスン受講者募集中
気軽に始めませんか
オンライン入門編、初級編、初中級編
京都を題材にした写真や動画を使って小旅行感覚で学べる覚えやすくて印象に残る「オンライン」レッスンです。
柏餅、美味しいですね。

お餅を包む柏の葉は、乾燥したものや塩漬けしたものなどがありますが、
実際に生えている葉はこの時期、こんなに大きくなっています。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

柏は新芽が出るまで古い葉が落ちないことから「子孫繁栄」の象徴とされています。
柏(槲栎)的新芽未长出来时不会掉落旧的枯叶,
Bǎi (húlì) de xīn yá wèi zhǎng chūlái shí bú huì diàoluò jiù de kū Yè,
所以被认为柏(槲栎)是‟子孙繁荣”的象徴。
suǒyǐ bèi rènwéi bǎi (húlì) shì ‟ zǐsūn fánróng” de xiàngzhēng.
平安時代、高僧の重源は、後白河法皇に東大寺の再建を命ぜられました。
重源は多賀大社にお参りし再建がうまくいくよう祈願した際、
虫食いの跡がある「柏の葉」を授かりました。
その虫食いの跡とは、ある字になっていて、それは延命の「延」に、草冠のついた「莚(むしろ)」という字でした。
草冠は、「十」の横にもう一つ「十」すなわち、十十
これって真ん中にちょっとすき間が空きますが、ぴったりくっつけると、おなじみの「くさかんむり」になりますね。
そして「十」と「十」なので、これをを足して二十年。
なので「莚」は「二十年の延命」を示し、
重源は、20年延命し、無事に東大寺を再建することができたという内容が、多賀大社の看板に書いてありました。

五感で学ぶ中国語 良知学舎
その時期の「旬」の中国語を学びませんか。
中国語で読む京都タワーの魅力

京都タワーは京都市の象徴的な建物の一つで、京都駅前に位置しています。
観光客にとって人気の観光スポットであるだけでなく、京都市民にとっても重要なランドマークです。
京都タワーは1964年に建てられ、高さは131メートルで、京都市で最も高い建物です。
塔のデザインは日本のろうそくからインスピレーションを受けており、塔身は優雅な白色をしています。
夜になるとライトアップされ、巨大なろうそくのように街全体を照らします。
塔の下部には大規模な商業施設があり、レストラン、ショップ、ホテルが揃っており、観光客に豊富なショッピングと食事の場を提供しています。
京都タワーの展望台に登ると、360度全方位で京都市の美しい景色を楽しむことができます。
晴れた日には、遠くの比叡山や東山の連なりが見え、京都市内の古い寺院と現代建築が調和して独特の都市風景を形成しています。
展望台には望遠鏡も設置されており、遠くの観光スポットをより鮮明に観察することができます。
京都タワーは観光の名所であるだけでなく、京都の歴史と文化を知るための窓口でもあります。
塔内には京都の歴史と文化を展示する展示があり、観光客はこれらの展示を通じてこの古都の魅力をより深く理解することができます。
毎年、京都タワーでは様々なイベントや祭りが開催され、多くの観光客が訪れます。
例えば、新年の期間中には塔の頂上が特別なライトアップで飾られ、新年の到来を祝います。
夏には、塔の下の広場で音楽会や市が開かれ、賑やかな雰囲気に包まれます。
中国語で
京都塔是京都市的标志性建筑之一,位于京都站前。
它不仅是游客们观光的热门景点,也是京都市民心中的重要地标。
京都塔建于1964年,高度为131米,是京都市最高的建筑。
塔的设计灵感来自于日本蜡烛,塔身呈现出优雅的白色,夜晚时分会点亮灯光,宛如一盏巨大的蜡烛照亮了整个城市。
塔的底部是一个大型的商业设施,内有餐厅、商店和酒店,为游客提供了丰富的购物和餐饮选择。
登上京都塔的观景台,可以360度全方位地欣赏京都市的美景。
晴天时,远处的比叡山和东山连绵起伏,京都市区的古老寺庙和现代建筑交相辉映,形成了一幅独特的城市风景画。
观景台上还设有望远镜,游客可以更清晰地观察到远处的景点。
京都塔不仅是观光的好去处,也是了解京都历史文化的一个窗口。
塔内设有展示京都历史和文化的展览,游客可以通过这些展览更深入地了解这座古老城市的魅力。
每年,京都塔都会举办各种活动和庆典,吸引了大量游客前来参与。
例如,在新年期间,塔顶会点亮特别的灯光,迎接新年的到来;
在夏季,塔下的广场会举办各种音乐会和市集,充满了欢声笑语。
ランドマークは‟地标 dìbiāo”
ガイドをするときによく使います。
覚えておくと便利です。
お札を返しに松尾大社に行きました。
長寿と蘇生のパワースポット、よみがえりの水が湧く「亀の井」のそばで撮影

昔、珍しい亀が現れたという、
マイナスイオン満載の「滝御前」

マイナスイオンは中国語で“负离子 fùlízǐ”
マイナスなので“负”、そのものですね。
「松尾皇太神宮紀」によりますと
「松尾の大神さまは亀に乗って松尾山に鎮座され、乗ってこられた亀は、嵯峨の亀山となった」そうです。
駐車場の看板にも「亀」

像乌龟一样慢慢地 Xiàng wūguī yíyàng mànman di
像鲤鱼一样轻快地 Xiàng lǐyú yíyàng qīngkuài di
今の厳しい時期、運転のみならず何事も、
焦らず、けれども早く、乗り切れますように。



こうして、今は機械であっという間にできますが、昔は大変だったそうで、
以下は中国での話です。
在上世纪70年代前,山区的农人们吃的米,都是靠石碾碾出来的。
Zài shàng shìjì 70 niándài qián,shānqū de nóngrén mén chī de mǐ,dōu shì kào shí niǎn nian chūlái de
1970年代以前、山間地域の農民たちが食べていた米は、すべて石臼でひいていました。
上世纪60年代粮食都是由生产队统一按时发放的,碾米活儿就比较集中,农户为抢碾子,常常要起三更睡半夜,否则就可能要饿几天肚皮。
Shàng shìjì 60 niándài liángshí dōu shì yóu shēngchǎnduì tǒngyī ànshí fāfàng de,niǎn mǐ huór jiù bǐjiào jízhōng,nónghù wèi qiǎng Niǎnzi,chángcháng yào qǐ sāngēng shuì bànyè,fǒuzé jiù kěnéng yào è jǐ tiān dùpí.
1960年代の食糧はすべて生産隊が一括して適時に配給していました。精米作業が集中するので、農家は臼の取り合いで、しばしば真夜中に起き出し、そうでなければ数日腹を空かせることになりました。
几十年过去了,碾子早随着科技的发展隐入历史的深处,那碾米的情景也只有在梦中重现,碾米的苦与甘现在的孩子是无法体会的。
Jǐ shí nián guòqù le,Niǎnzi zǎo suízhe kējì de fāzhǎn yǐn rù lìshǐ de shēnchù,nà niǎn mǐ de qíngjǐng yě zhǐyǒu zài mèng zhōng chóngxiàn,niǎn mǐ de kǔ yǔ gān xiànzài de háizi shì wúfǎ tǐhuì de.
数十年が過ぎ、臼はもはや科学技術の発展によって歴史の深いところに隠れてしまい、あの精米の情景も夢で再現されるだけです。精米の苦しみや楽しさは今の子どもには理解できません。
他们吃着亮晶晶的机器米,根本不知道米是怎么来的,也不怎么懂得粮食的艰难。
Tāmen chī zhe liàngjīngjīng de jīqì mǐ,gēnběn bù zhīdào mǐ shì zěnme lái de,yě bù zěnme dǒng de liángshí de jiānnán.
子供たちはきらきら輝く機械米を食べ、米がどのように出来るのかよく分かりませんし、食糧の苦難もたいして理解していません。
所以我常对他们讲起少时碾米的故事,告诉他们记住古人的教诲:‟谁知盘中餐,粒粒皆辛苦”。
Suǒyǐ wǒ cháng duì tāmen jiǎng qǐ shǎoshí niǎn mǐ de gùshi,gàosu tāmen jìzhù gǔrén de jiàohuì:‟ Shéi zhī pán zhōngcān,lì lì jiē xīn kǔ”
ですから、私は幼い時の精米のことを子供たちにしょっちゅう語り、昔の人の教訓を教えるのです:「誰か知らん 盤中の餐、 粒粒 皆辛苦なるを」(誰が分かろうか、茶碗の中のご飯の一粒一粒が、皆、こうした苦労の結実であることを)
中国語出典:「百度知道」
日本語訳は私。
今の時代、石臼で精米する方が難しいですよね〜。石臼無い。あってもよう使かいません。力ない。ひいてくれる牛もいませんし。
コインを入れてすぐできる「きらきら輝やく機械米」で、一粒一粒大切にいただきます。