先日の授業で、京都御苑に沙羅双樹が咲いていることや、あちこちでアジサイが咲いていますね、と花のテーマを取り上げました。

「6月に咲く花は多いですね」とある受講生の方。
そして別の方から『「花が咲く」の咲くは中国語で‟开”ですが、花が散るとはどういうのですか」と質問されました。
「花が散った」は中国語で〔花谢了Huā xiè le〕。
「散る」は‟谢”と言います。
なんと‟谢谢”の‟谢”です。
受講生のみなさん、「えっ?「散る」は‟谢”?」と目を丸くされていました。
辞書で〔谢xiè 〕を調べると、
①感謝(する).お礼(を言う).
②官職を辞する.
③辞退する.断る.
④謝る.わびる.
⑤(花や葉などが)衰える.しぼむ.散る.
との記載があります。
さらに〔谢xiè 〕を調べると
造字本义:古代年迈官员委婉辞职御任。
字のもともとの意味:古代、老いた官吏が婉曲的に仕事を辞したこと。
と書いてありました。
なるほど、辞書の解釈に合わせると、その老いた官吏は
①いままでありがとう、と感謝。
②今度、官職を辞することになりました。
③続けてやってくださいというお誘いも辞退します。
④すまん、もうしわけないのう。
⑤もうワシは衰えた。
今日6月19日は元号の日
京都山科区の「御陵」に、天智天皇陵があります。

645年(大化元年)の今日6月19日、天智天皇(当時は中大兄皇子)が、日本初の元号「大化(たいか)」を制定しました。
「大化の改新」の「大化」です。
以来、現在の「令和(れいわ)」まで、なんと248もの元号が定められています。
元号は、もともと中国の封建王朝が年を数えたり記録するために用いた名称です。
通常、君主によって発動されます。
先秦の時代から漢の初期までは年号がありませんでしたが、紀元前140年、漢の武帝が即位した後に初めて「建元」という元号が作られました。
中国語訳:
年号原来是中国封建王朝用来纪年的一种名号。
一般由君主发起。
先秦至汉初无年号,公元前140年,汉武帝即位后首创年号,始创年号为‟建元”。
そもそも元号は必要なのかと思う方もいるでしょうし、実際、西暦の方が都合のよい場合も多いです。
しかしながら、この元号、現在は日本しかないそうです。
天智天皇から約1400年続く元号、慣れ親たしんだ元号、やはりこれからもあったほうがよいと思います。
イカ飯作りました
このところ、イカもお値段が高くてなかなか買えませんが、近くのスーパーでいつもより少し安かったので、久しぶりに「イカ飯」を作りました。おいしく出来ました。

イカ飯の作り方 乌贼饭的做法
1.イカの頭を胴体からはずし、水洗いする。
把鱿鱼的头部从身体里揪出来, 洗净。
2.もち米は1時間浸水させ、水洗いして、イカの胴にスプーンで詰める。
糯米泡一小时,洗净。用小勺填装进鱿鱼筒里。
3.イカの胴の開口部に爪楊枝を刺し通し、しっかりと閉じる。
用牙签穿过鱿鱼筒的开口,收牢。
4.水、しょうゆ、砂糖、酒、下ごしらえしたイカの胴とイカの足を圧力鍋に入れ、20分ほど加熱する。
将水、酱油、糖、清酒、准备好的鱿鱼筒和鱿鱼腿放入高压锅,煮20分钟。
「烏賊」の語源(水産庁のサイトより)
最初の文字は「鳥(とり)」ではなく「烏(からす)」です。
海の生き物であるイカになぜ烏(からす)の文字が使われているのでしょうか。
これは中国の古書『南越志』に記されている故事が由来となっています。
死んだふりをして海面にぷかぷかと浮かんでいるイカを烏(カラス)がつつきに来ると、
イカは突然腕を伸ばしてカラスを絡めとり、海中に引きずり込んでしまった、
イカ、怖いですね~~。
『南越志』というのは、中国史で最も古い3つの王朝、夏、殷、周の時代から東晋の時代までの
嶺南と呼ばれる広東・広西一帯における、
変わったものや建物の歴史、遺跡、おもしろいこぼれ話や裏話、逸話などが書かれた本です。
中国の昔の人は、死んだふりをしてカラスを襲って食べているイカを見たのでしょうか。
今日は少し遠出です。
ここは近江塩津駅。
滋賀県の駅では最北端の駅で
湖西線と北陸線が交わるところです。





この駅から、全長5,170メートルという長いの単線トンネルを抜けると、敦賀の1つ手前の新疋田駅です。
冬には雪がよく降りますが、今は新緑がとっても綺麗です。
鹿も猿も猪もいます。
沿線で親子の鹿が散歩していました。
駅舎からホームへは階段を登ります。
その階段はとても急で、ビックリ!。
「遠方に出かける、遠出する」という意味の中国語は “出远门 chū yuǎnmén”
出かけるということを中国語で‟出门”というので、その真ん中に“远”(遠い)が挟まっている形です。
例文:
这次是出远门,你可要注意身体呀。
こんどは長旅になるから,くれぐれも体を大事になさいよ。
今回は京都から近江塩津まで新快速で1時間13分なので、くれぐれも体を大事にしなければならないような長旅ではないのですが。。。。
今日は和菓子の日
和菓子の日の由来
平安中期に疫病が蔓延したことがありました。
第54代天皇の仁明天皇は、疾病よけと健康招福を祈って
年号を「承和」から「嘉祥」と改め、
その元年(848年)の6月16日に、16個の菓子や餅を神前に供えたとされます。
これを起源として、6月16日に厄除け・招福を願って菓子を食べる習俗が、さまざまに形を変えながら伝わりました。
江戸幕府では、6月16日を嘉祥の日とし、直接将軍に拝謁できる大名や旗本などに大広間で和菓子を与えたということです。
「疾病よけと健康招福」を祈って!
和菓子職人の父が作りました。
今盛りの紫陽花の花

今、見頃の菖蒲

青葉と観世水

カメも泳いでいます。

和菓子を食べるとリラックスできますね。