京都駅から近い大きな公園、「梅小路公園」では梅が見ごろです。
花の香りに癒されます。
平安京の街路には、幅8丈(約24m)以上の大路と幅4丈(約12m)の小路とがありました。
「梅小路」というのは、この小路沿いに梅の木があったからという説もあります。
まさしくこの写真の梅林のすぐそばが梅小路通。
名副其实的梅小路!Míng fù qí shí de Méi xiǎolù.
名副其实[míng fù qí shí] は、「名実相伴う、名と実際とが一致している」という意味です。
かつてこの辺には平氏一族のお屋敷もあり、それを伝える石碑も公園内にあります。
鎌倉時代から室町時代にかけて、梅小路では東洞院大路から油小路辺りに様々な職能を持った人々が集住していて中世の商工業の中心地だったそうです。
発掘調査では、平安時代末期から室町時代の鋳造関係の遺物がたくさん出てきて、鋳物師・塗師・金屋などの手工業者の工房があったと考えられ、
江戸時代には、千本通の東側は田畑のみで人家はなかったようですが、千本通の西側では「梅小路村」という集落が形成されていたそうです。
陰陽師・安倍清明(あべのせいめい)の子孫である土御門家は、江戸時代初期に徳川家康から梅小路村の土地を与えられ、ここに住んでいたと伝わっています。
今は市民憩いの場ですが、悠久な歴史があるのを再確認しました。